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真空容器

真空容器(vacuum vessel)は、核融合プラズマを収める最も内側の大きな容器です。プラズマを閉じ込める磁場そのものは真空容器がなくても作れますが、実際にプラズマを燃やすには、まず容器の中を徹底的に空気のない状態にしなければなりません。このページでは、なぜ超高真空が必要なのか、その真空をどうやって作り維持するのか、そして容器そのものにどんな構造上の要求が課されるのかを、順を追って理解していきます。

まずは直感から(高校レベル)

Section titled “まずは直感から(高校レベル)”

真空容器を一言でいうと、プラズマを入れるための「究極にきれいな空っぽの部屋」です。

なぜ空っぽにする必要があるのでしょうか。核融合を起こすには、燃料である重水素と三重水素を約 1 億度まで加熱します。ところが、容器の中に空気が残っていると、その空気の分子がプラズマにぶつかって熱を奪い、せっかく温めたプラズマがすぐに冷めてしまいます。冷たいプラズマでは核融合は起きません。だから、まず邪魔者である空気を追い出すのです。

どのくらい空っぽにするのか、身近な数字で感じてみましょう。私たちがふだん吸っている空気は、1 立方センチメートル(角砂糖くらいの体積)の中におよそ 2500 京個もの分子が詰まっています。核融合炉の真空容器では、これを 100 億分の 1 以下にまで減らします。地上で作れる真空としては、宇宙空間に近いくらい薄い状態です。

もう一つ大事なのが「不純物」です。プラズマの中に、燃料以外の重い原子(たとえば容器の壁からはがれた金属原子)がわずかでも混ざると、その重い原子が強く光を放って熱を捨ててしまいます。ほんのひとつまみの塩をきれいな水に落とすと全体が濁るように、少しの不純物がプラズマ全体を冷やしてしまうのです。だから真空容器は、ただ空気を抜くだけでなく、壁からゴミが出てこないように徹底的に「掃除」されます。この掃除を、加熱したり放電で洗ったりして行うのがベーキングと壁コンディショニングです。

さらに真空容器は、プラズマを入れる器であると同時に、放射性物質を外に漏らさない「安全のカベ」でもあります。中では放射線が飛び交い、燃料の三重水素は放射性なので、容器はこれらを確実に閉じ込める頑丈な金属の殻として設計されます。

物理として理解する(学部レベル)

Section titled “物理として理解する(学部レベル)”

真空の良し悪しを表す量が圧力です。真空容器で目標とする到達真空度はおよそ 105 Pa10^{-5}\ \mathrm{Pa} 以下で、これは超高真空(ultra-high vacuum)と呼ばれる領域です。大気圧が約 105 Pa10^{5}\ \mathrm{Pa} ですから、目標はその 100 億分の 1 という薄さになります。

圧力 pp は、気体の温度を TT、単位体積あたりの分子数(数密度)を nn として、次の関係で結ばれます。

p=nkBTp = n k_{\mathrm{B}} T

ここで kBk_{\mathrm{B}} はボルツマン定数(1.38×1023 J/K1.38 \times 10^{-23}\ \mathrm{J/K})です。この式は、圧力が「分子がどれだけ詰まっているか」に比例することを表しています。室温(T300 KT \approx 300\ \mathrm{K})で p=105 Pap = 10^{-5}\ \mathrm{Pa} を代入すると、数密度は n2.4×1015 m3n \approx 2.4 \times 10^{15}\ \mathrm{m^{-3}} 程度、つまり 1 立方センチメートルあたり約 24 億個まで下がります。大気の 100 億分の 1 という先ほどの直感が、この式から定量的に確かめられます。

なぜ不純物がこれほど嫌われるのかも、物理で説明できます。プラズマ中の不純物イオンは、電子と衝突するたびに光(放射)を出してエネルギーを失います。この放射損失のパワーは、大まかに不純物の電荷数 ZZ の 2 乗以上に強く依存します。つまり、鉄(Z=26Z = 26)やタングステン(Z=74Z = 74)のような重い元素は、水素(Z=1Z = 1)に比べて桁違いに強く光り、ごくわずか混じるだけでプラズマを冷やします。だからこそ、壁からの重元素混入を抑える超高真空と壁コンディショニングが不可欠なのです。プラズマ対向材料の選定でも、この放射損失が中心的な論点になります(詳しくは 第一壁 を参照)。

超高真空を作る主役が真空排気系です。まず粗引きポンプで大気圧から中真空まで落とし、そこから高真空ポンプに引き継ぎます。核融合炉でよく使われる高真空ポンプは次の 2 種類です。

ターボ分子ポンプ(turbomolecular pump)は、毎分数万回転する翼車で気体分子を機械的にはじき飛ばして排気します。分子の平均自由行程が容器サイズより長くなる分子流領域で効率よく働き、幅広い気体を安定して排気できます。

クライオポンプ(cryopump)は、極低温(数 K 〜 20 K 程度)に冷やした面に気体分子を凍りつかせて捕らえる、いわば「冷たい面に霜をつけて空気を減らす」ポンプです。排気速度が非常に大きく、核融合炉の主排気に適しています。ITER でも大排気量のクライオポンプが採用されています。ただし捕らえた気体はいずれ再生(温めて放出)する必要があり、燃料である三重水素を扱う核融合炉では、この再生と燃料回収を結びつけた運用設計が重要になります。

理論を深める(大学院レベル)

Section titled “理論を深める(大学院レベル)”

超高真空の実現を難しくしている本質は、外から漏れ込む気体(リーク)よりも、むしろ容器内側から出てくるガスにあります。到達真空度は、有効排気速度 SS とガス放出の総流量 QQ の釣り合いで決まり、平衡圧力はおよそ

p=QSp = \frac{Q}{S}

で与えられます。この式は、いくらポンプを大きくして SS を上げても、QQ が大きければ真空度は頭打ちになることを示しています。核融合炉のように内表面積が広大な容器では、QQ の主因は室温での表面からのガス放出(アウトガス)、とりわけ金属表面に吸着した水分子や、材料内部に溶け込んだ水素の拡散放出です。

そこで効くのがベーキングです。容器全体を 200 度前後まで加熱すると、表面に吸着した水分子の脱離が指数関数的に加速され、加熱している間に大量に放出させて排気しきってしまえます。冷却後は表面がきれいになっているため、アウトガス流量 QQ が大きく下がり、はじめて超高真空に到達できます。到達圧力を下げるとは、SS を上げるだけでなく QQ を下げる工学だ、というのがこの分野の勘所です。

ベーキングで水分を除いた後も、プラズマ運転に適した壁状態を作るには壁コンディショニングが要ります。代表的な手法がグロー放電洗浄(glow discharge cleaning)で、弱い放電を立てて壁を軽くたたき、吸着した不純物をたたき出して排気します。さらにボロナイゼーション(boronization)では、壁の表面にホウ素の薄膜を形成します。ホウ素は酸素をつかまえる働きがあり、プラズマへの酸素混入を抑え、壁からの水素リサイクリングを制御しやすくします。これらは磁場閉じ込め装置で日常的に行われる、プラズマ性能を左右する運転技術です。

構造設計の観点では、真空容器は複数の相反する要求を同時に満たさなければなりません。第一に、内外の圧力差(外は大気圧、内は真空)に耐える圧力容器としての強度です。第二に、プラズマ電流が突然消える現象であるディスラプション(disruption)の際に生じる巨大な電磁力への耐性です。ディスラプション時には、容器の金属壁に渦電流が誘導され、それが強磁場と干渉して大きな力を生みます。加えて、プラズマから壁へ流れ込むハロー電流(halo current)も電磁力の原因になります。これらの荷重は、容器の剛性を高めることで受け止めます。ITER の真空容器が内壁と外壁を持つダブルウォール構造を採るのは、壁間をリブで連結して剛性と遮蔽性能を両立させるためです。第三に、超伝導コイルを中性子とガンマ線から守る放射線遮蔽としての役割があり、壁間には遮蔽材が充填されます。守られる側のコイルについては 超伝導コイル を参照してください。

さらに真空容器は、放射性物質を閉じ込める安全バウンダリ(safety boundary)として、地震などの外部事象に対しても健全性を保つ耐震設計が求められます。構造材には、強度と低放射化を両立させた窒素添加ステンレス鋼(ITER では SUS316L(N)-IG)が用いられ、将来の発電炉では低放射化フェライト鋼(RAFM)の適用が研究されています。

研究の最前線(博士課程レベル)

Section titled “研究の最前線(博士課程レベル)”

真空容器は成熟した工学のように見えて、核融合発電の実現に向けた未解決の課題を数多く抱えています。

ITER の真空容器は、高さおよそ 11 m、大半径およそ 6 m、質量は本体で約 5,000 トン、遮蔽材やポート構造を含めると約 8,000 トン級に達する、これまでに作られた核融合真空容器として世界最大規模のものです。これほどの大型容器を、いくつかのセクタに分けて製作し、現地で溶接して一つのトーラスにつなぐこと自体が大きな工学的挑戦です。溶接変形を抑えながら、超高真空を保証するリーク率の厳しい要求を満たすため、溶接技術と精密な寸法管理が研究対象になっています。ITER 全体の位置づけは ITER プロジェクト にまとめています。

最大の研究課題の一つがリモートメンテナンス(remote maintenance)です。運転を続けた核融合炉の容器内部は中性子で放射化し、人が立ち入れない高い線量になります。そのため、ブランケットやダイバータの交換、検査、補修といったあらゆる保守作業を、遠隔操作のロボットで行わなければなりません。狭く入り組んだトーラス内で重量物を正確に扱う遠隔操作機器の開発、作業の信頼性確保、被ばくを避けた交換手順の確立は、発電炉の稼働率(availability)を左右する重要テーマとして研究が進められています。

真空排気の面でも、燃料である三重水素をクライオポンプで捕捉した後にどう回収し循環させるか、大排気量と燃料サイクルをどう統合するかが課題です。また、発電炉ではより高い中性子環境に長期間さらされるため、構造材の照射による特性変化に耐える材料選定と、それを前提とした容器設計が研究されています。論文を読むときは、vacuum vessel、ultra-high vacuum、outgassing、baking、glow discharge cleaning、boronization、disruption、halo current、eddy current、remote maintenance といった英語キーワードが頻出します。

問 1. 核融合炉の真空容器で、まず空気を抜いて超高真空にしなければならないのはなぜですか。
問 2. 圧力の式 p = n kB T を使うと、超高真空(10 のマイナス 5 乗 Pa)の意味をどう説明できますか。
問 3. 到達真空度が p = Q/S で決まるとき、ベーキングは主にどちらの量に効きますか。
問 4. ボロナイゼーションは何のために行われますか。
問 5. 真空容器のリモートメンテナンスが必要になるのはなぜですか。