核融合と核分裂の比較
核融合と核分裂は、どちらも原子核の中に蓄えられたエネルギーを取り出す点で共通しますが、反応の向きも、燃料も、安全性の性質もまるで違います。このページでは、両者を並べて比較しながら、なぜ核融合が「次世代のエネルギー」として期待されているのかを、直感から研究の最前線まで順に理解していきます。
まずは直感から(高校レベル)
Section titled “まずは直感から(高校レベル)”原子核は、陽子と中性子がぎゅっと集まってできています。この「集まり方の安定さ」は原子核の種類によって違い、真ん中あたり、ちょうど鉄のあたりが一番安定です。
これを坂道でイメージしてみましょう。谷底に鉄がいて、その両側に斜面が広がっています。左側の斜面には水素やヘリウムのような軽い原子核、右側の斜面にはウランのような重い原子核がいます。どちらの原子核も、坂を転がって谷底の鉄に近づこうとすると、余ったエネルギーを外へ放出します。
核融合は、左側の斜面にいる軽い原子核どうしをくっつけて、少し重い原子核にすることで谷底に近づく反応です。太陽が水素からヘリウムを作って輝いているのが、まさにこれです。核分裂は、右側の斜面にいる重い原子核を割って、二つの中くらいの原子核にすることで谷底に近づく反応です。原子力発電所で使われているのはこちらです。
同じ「安定な方へ向かう」動きでも、軽い方からのぼるのが核融合、重い方からくだるのが核分裂、と覚えると混乱しません。
安全性のイメージも対照的です。核分裂は、一つの反応で飛び出した中性子が次の原子核を割り、それがまた次を割る、という連鎖でエネルギーを出し続けます。ドミノ倒しのように反応が自分で続いていくので、これを止める仕組みを常に効かせておく必要があります。一方の核融合は、超高温のプラズマという特殊な状態を無理やり保ち続けないと反応が続きません。手を離せば火が消えるガスコンロのようなもので、装置が乱れれば反応はひとりでに止まります。
物理として理解する(学部レベル)
Section titled “物理として理解する(学部レベル)”比較の出発点になるのが、核子 1 個あたりの結合エネルギー曲線(binding energy per nucleon)です。横軸に質量数 、縦軸に核子あたりの結合エネルギー を取ると、鉄近傍()で約 MeV の最大値を持つ山型になります。この が大きいほど原子核は安定です。
軽い核どうしを融合しても、重い核を分裂させても、反応の前後で が増えるなら、その差分がエネルギーとして解放されます。放出エネルギーは質量欠損 を通じて
で与えられます。ここで は光速で、わずかな質量差が莫大なエネルギーに化けることを表しています。
代表的な反応で比べてみましょう。核融合では重水素 と三重水素 の反応
が 1 反応あたり MeV を放出します。核分裂ではウラン 235 が中性子を吸って割れる反応が、1 回あたり約 MeV を放出します。
1 反応あたりの絶対値は核分裂の方が 10 倍以上大きいのに、核融合が「エネルギー密度が高い」と言われるのはなぜでしょうか。鍵は反応に関わる核子の数です。核融合は質量数 5 の系で MeV、核分裂は質量数 235 の系で約 MeV なので、核子あたりに直すと核融合が約 MeV、核分裂が約 MeV となります。同じ質量の燃料からなら、核融合の方がおよそ 4 倍のエネルギーを取り出せる計算です。
燃料資源の違いも定量的に見ておきます。核分裂燃料のウランは、天然にわずか しか含まれない を主に使うため、可採資源は現在の消費で数十年から百年程度と見積もられています。核融合燃料の重水素は海水中に水素の約 の割合で存在し、事実上無尽蔵です。三重水素は自然界にほとんど存在しませんが、炉内で中性子をリチウムに当てて
のように生成(トリチウム増殖)できます。リチウム資源も海水を含めれば長期にわたり供給可能です。
安全性の物理的な違いは、反応の自己維持機構にあります。核分裂は臨界状態、すなわち 1 回の分裂で生じた中性子のうち平均 1 個が次の分裂を起こす状態を保って運転します。制御棒などでこの中性子収支を管理し、実効増倍率 を 1 付近に維持します。核融合の - 反応にはこうした中性子連鎖はなく、反応率は密度 、温度 、閉じ込め時間 で決まります。装置が擾乱を受ければプラズマは冷えて反応は自然に止まり、暴走的な出力上昇は原理的に起こりません。
理論を深める(大学院レベル)
Section titled “理論を深める(大学院レベル)”核分裂と核融合の安全性を分ける、より本質的な量が崩壊熱(decay heat)です。核分裂では生成される核分裂片が不安定な放射性核種であり、運転停止後もベータ崩壊やガンマ崩壊を続けて発熱します。この崩壊熱は停止直後で定格熱出力の数 に達し、時間とともに減衰しますが、除去しそこねると炉心が損傷します。停止後も長時間にわたる強制冷却が不可欠なのはこのためで、冷却機能の喪失が過酷事故の主要なシナリオになります。
核融合炉でも、中性子照射を受けた構造材が放射化して崩壊熱を生じますが、その大きさは核分裂炉の炉心崩壊熱に比べて桁違いに小さく、多くの設計で受動的な自然冷却で対処できる水準とされています。炉内に存在する燃料も常時数グラム程度で、燃焼が続いても連鎖的に増幅する機構がないことが、安全設計を根本的に単純化します。
放射性廃棄物の性質も、生成機構から理解すると違いが明確になります。核分裂の廃棄物は二つの系統に分かれます。一つは核分裂片そのもので、多様な中質量核種を含みます。もう一つが、ウランが中性子を吸って生じるアクチノイド(actinides)、たとえばプルトニウムやアメリシウムで、半減期が数千年から数万年に及ぶ長寿命核種を含みます。これらの高レベル放射性廃棄物は、地下深くに数万年隔離する深地層処分が前提になります。
核融合の廃棄物は成り立ちが異なります。- 反応の直接生成物はヘリウムで、これは無害な安定核です。放射能の源はもっぱら、 MeV の高速中性子が炉壁やブランケットの構造材に当たって起こす放射化です。したがって廃棄物の量と寿命は、どんな構造材を選ぶかで大きく変わります。ここが核融合の重要な設計自由度です。低放射化フェライト鋼(reduced-activation ferritic/martensitic steel)のように、放射化しても短寿命核種にとどまる材料を使えば、廃棄物は数十年から百年程度で再利用可能なレベルまで減衰すると見積もられています。アクチノイドが原理的に生成されない点は、核分裂との決定的な違いです。
理論的な枠組みという観点では、両者は扱う物理体系そのものが異なります。核分裂炉の設計は中性子輸送方程式に基づく中性子工学が中心で、臨界性や中性子束分布を解きます。核融合炉の設計は、荷電粒子集団を扱うプラズマ物理が中心で、電磁流体力学(MHD)による平衡と安定性の解析、運動論に基づく輸送と加熱の解析が要になります。同じ「核エネルギー」でも、必要な理論の言語がまったく違うのです。
他の再生可能エネルギーと並べると、核融合の位置付けがさらに見えてきます。太陽光や風力は燃料が不要で運転時の炭素排出もありませんが、出力が天候と時間帯に左右される変動電源であり、大規模な蓄電や需給調整とセットで考える必要があります。核融合は、太陽光や風力と同じく運転時に二酸化炭素を出さず、核分裂のような長寿命の高レベル廃棄物やアクチノイドも生みませんが、天候に依存せず安定に大出力を供給できる基幹電源になりうる点で性格が異なります。つまり核融合は、再生可能エネルギーの弱点である変動性を補い、核分裂の弱点である長寿命廃棄物と暴走リスクを避ける、両者の中間的な立ち位置を狙う技術だと整理できます。
研究の最前線(博士課程レベル)
Section titled “研究の最前線(博士課程レベル)”核融合の実用化に向けては、いくつもの課題が現在進行形で研究されています。一つは炉材料の問題です。 MeV 中性子は原子をはじき出して材料組織に損傷を与え、核変換でヘリウムや水素を生成します。この照射損傷(radiation damage)に長期間耐える材料を探す研究や、低放射化材料の実証が進められています。専門の文献では displacement per atom(dpa)や neutron fluence といった指標が頻出します。
もう一つがトリチウム収支です。炉を自立して運転するには、消費するより多くの三重水素をブランケットで生み出す必要があり、トリチウム増殖比(tritium breeding ratio, TBR)を 1 より大きく保てるかが問われています。増殖ブランケットの設計と実証が重要な研究テーマです。
炉心プラズマ側では、閉じ込め性能と定常運転の両立、周辺プラズマからの熱・粒子の排出(divertor exhaust)、突発的に閉じ込めが失われるディスラプション(disruption)の回避や緩和が主要な課題として研究されています。
比較の観点で近年注目されるのが、核融合の到達点を測る指標です。エネルギー増倍率 、すなわち投入エネルギーに対する出力エネルギーの比で成果を語ることが多く、2022 年 12 月には米国 NIF が慣性核融合で投入レーザーエネルギーを上回る核融合出力を得る点火(ignition)を達成したと報告されています。磁場閉じ込めでは ITER が を目標に建設が進んでいます。核分裂が確立した基幹電源であるのに対し、核融合はこの をいかに高く、いかに持続的に達成するかという段階にあり、装置ごとに異なる方式でこの目標が追求されています。