ITER
ITER(国際熱核融合実験炉、International Thermonuclear Experimental Reactor)は、核融合が正味のエネルギー源になりうることを実験で示すために建設されている世界最大の装置です。7 極の国際協力で、フランス南部のサンポールレデュランス(Saint-Paul-lez-Durance)に建設中です。このページでは、ITER が何を目指す装置なのかをやさしくつかんだあと、その物理と工学、そして研究の最前線までを順に見ていきます。
この装置をひとことで(高校レベル)
Section titled “この装置をひとことで(高校レベル)”ITER をひとことで言うと、「核融合で発電できるかどうかを、本物の火をおこして確かめるための実験炉」です。
核融合は、軽い原子核どうしがくっついて重い原子核になるときに大きなエネルギーを出す反応です。太陽が輝いているのも、中心で核融合が起きているからです。地上で同じことを起こすには、燃料である水素の仲間(重水素と三重水素)を約 1 億度という途方もない高温にして、原子核どうしをぶつけ合わせる必要があります。
こんなに熱いものを、いったいどうやって容器に入れるのでしょうか。答えは「磁石のかご」です。1 億度の物質はプラズマ(plasma)という電気を帯びた気体になっていて、電気を帯びた粒子は磁力線に巻きつくように動きます。そこでドーナツ型の強力な磁石でかごを作り、その中にプラズマを浮かせて壁に触れさせないようにします。このドーナツ型の装置をトカマク(tokamak)と呼びます。ITER も巨大なトカマクです。
ITER の一番の目標を、料理にたとえてみます。これまでの核融合実験は、火をつけるために使ったガス代のほうが、できた料理の熱より大きい状態でした。ITER が目指すのは、50 MW の電気ヒーターで温め始めたプラズマから、その 10 倍にあたる 500 MW の核融合の熱を取り出すことです。使ったエネルギーの 10 倍が返ってくる、という意味で、この比を と書き、ITER は を目標にしています。
もう一つ大事なのが「自分で燃え続ける火」を作ることです。核融合で生まれる粒子(アルファ粒子)自身がプラズマを内側から温め、外からの加熱にあまり頼らなくても熱い状態が保たれる。この状態を燃焼プラズマ(burning plasma)と呼びます。焚き火が最初はマッチの助けを借りても、いったん薪に火が回れば自分で燃え続けるのと同じイメージです。ITER の科学的な狙いは、この燃焼プラズマを人類で初めて本格的に作り、その振る舞いを詳しく調べることにあります。
装置の物理と工学(学部〜大学院レベル)
Section titled “装置の物理と工学(学部〜大学院レベル)”目標性能とサイズ
Section titled “目標性能とサイズ”ITER の中心的な目標は、核融合利得 の達成です。 は加熱入力に対する核融合出力の比で、
と定義されます。ここで は核融合出力、 は外部から注入する加熱パワーです。ITER は 50 MW の加熱で 500 MW の核融合出力を得ることを目標としており、これがちょうど にあたります。数百秒の運転を通じてこの状態を維持し、燃焼プラズマの物理を実証することが科学的なゴールです。
この性能を出すために、ITER は非常に大きな装置になっています。主要なパラメータは次の通りです。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| プラズマ大半径 | 6.2 m |
| プラズマ電流 | 15 MA |
| 核融合出力 | 500 MW |
| 加熱入力 | 50 MW |
| 目標核融合利得 | 10 以上 |
大半径 は、ドーナツの中心軸からプラズマ断面の中心までの距離です。 m という大きさは、装置を大きくするほどプラズマの中心が壁から遠くなり、熱が逃げにくくなるという事情から選ばれています。
なぜ大きさが効くのか
Section titled “なぜ大きさが効くのか”核融合炉の性能は、プラズマがどれだけ熱を保てるかで決まります。その指標がエネルギー閉じ込め時間(energy confinement time) で、蓄えた熱エネルギーが失われるまでのおおよその時間を表します。核融合が自己加熱で成立する条件は、ローソン条件(Lawson criterion)として
の形にまとめられます。ここで はプラズマの密度、 は温度です。この三つの積(三重積)が大きいほど、核融合炉として有利になります。
装置を大きくすると が伸びる傾向があり、これが ITER を大型化した理由です。既存の中規模トカマクのデータから閉じ込め性能の経験則(スケーリング則)が作られ、そこから「 を達成するにはこのくらいの大きさが要る」と見積もられました。ITER はこのスケーリング則を、これまでにない大きさと燃焼プラズマの領域で検証する実験でもあります。
プラズマ電流と磁場の役割
Section titled “プラズマ電流と磁場の役割”トカマクでは、外部コイルが作るトロイダル磁場(ドーナツを一周する向きの磁場)だけではプラズマを閉じ込められません。プラズマ自身に電流 を流し、その電流が作るポロイダル磁場(ドーナツの断面を回る向きの磁場)と重ね合わせることで、磁力線がねじれた螺旋になり、初めて安定な閉じ込めが成立します。ITER のプラズマ電流 15 MA は、この閉じ込めを支える基盤です。電流が大きいほど閉じ込めは良くなりますが、同時に電流が急に失われるディスラプション(disruption)の際の負荷も大きくなるため、その制御が重要な課題になります。
トロイダル磁場コイル
Section titled “トロイダル磁場コイル”プラズマを閉じ込める主役が、トロイダル磁場コイル(toroidal field coil、TF コイル)です。ドーナツを取り囲むように D 字型のコイルを並べ、内側に強い磁場を作ります。ITER の TF コイルは 18 基で構成され、ニオブスズ(NbSn)の超伝導線を用います。超伝導にすることで抵抗による発熱をなくし、大電流を長時間流し続けられます。そのためコイルは絶対零度に近い約 4 K まで冷やされます。
コイルには、強い磁場と大電流のために巨大な電磁力が働きます。TF コイル全体は互いに内側へ押し合う力を受けるため、機械的にがっちりと固定する構造が不可欠です。超伝導による強磁場と、それに耐える構造との両立が、TF コイル工学の核心です。
加熱・真空容器・ダイバータ
Section titled “加熱・真空容器・ダイバータ”プラズマを 1 億度級まで温めるには、電流を流すだけでは足りません。中性粒子ビーム入射(neutral beam injection)や高周波加熱(電子・イオンサイクロトロン加熱)といった外部加熱を組み合わせ、合計で数十 MW を注入します。ITER の設計では外部加熱 50 MW を基準に が定義されます。
プラズマを収める真空容器(vacuum vessel)はステンレス鋼製のドーナツ型で、内部を高真空に保ちます。容器の内側でプラズマに面する部分が第一壁(first wall)で、高い熱と粒子の負荷を受け止めます。さらに容器の下部にはダイバータ(divertor)があり、磁力線を意図的に導いてプラズマからの排熱と不純物排出を一手に引き受けます。ダイバータは装置の中で最も過酷な熱負荷にさらされる部分で、その表面には融点が高く水素をため込みにくいタングステンが使われます。
テストブランケットモジュール
Section titled “テストブランケットモジュール”ITER のもう一つの重要な役割が、燃料の三重水素(トリチウム、tritium)を自前で作る技術の試験です。三重水素は自然界にほとんど存在しないため、核融合炉では自分で生産する必要があります。その方法が、核融合で飛び出す中性子をリチウムに当てて三重水素を生み出すトリチウム増殖(tritium breeding)です。
ITER では、この増殖を担うブランケット(blanket)の候補設計を、実際の炉環境で試すためにテストブランケットモジュール(test blanket module、TBM)を設置します。TBM は真空容器の一部の開口部に取り付けられ、中性子を受けて三重水素がどれだけ生成され、熱がどう取り出せるかを実測します。ここで得られる知見は、発電を担う次世代の炉にとって欠かせないものです。核融合の中性子環境で増殖ブランケットを試験できる装置は他になく、ITER ならではの実験です。
新ベースライン(2024 年発表)
Section titled “新ベースライン(2024 年発表)”ITER 機構は 2024 年に、計画の新しいベースライン(baseline)を公表しました。確実にわかっている範囲で要点を挙げると、次の二つです。
一つは、運転開始のスケジュールを見直したことです。当初計画されていた初プラズマ(first plasma)の段階的なアプローチが改められ、装置をより完成に近い形で立ち上げてから、本格的な運転に入る方針へと変更されました。
もう一つは、第一壁の材料を全面的にタングステンへ変更したことです。従来のベースラインでは、初期段階の第一壁にベリリウムを用いる計画でしたが、新ベースラインではダイバータと同じくタングステンで統一する方針になりました。タングステンは融点が高く、燃料である水素をため込みにくいという利点があり、将来の発電炉の壁材料としても有力視されています。この変更は、より発電炉に近い条件で実験するという意図に沿ったものです。
研究の最前線(博士課程レベル)
Section titled “研究の最前線(博士課程レベル)”ITER は単なる大型装置ではなく、いくつもの未解決問題に答えを出すための実験プラットフォームです。ここでは、論文でも頻出する研究テーマを紹介します。
燃焼プラズマ物理(burning plasma physics)は ITER の中心テーマです。アルファ粒子による自己加熱が支配的になったとき、プラズマがどう振る舞うかは、実験室規模では本格的に確かめられていません。アルファ粒子が引き起こす波動と乱流の相互作用、加熱プロファイルの自己組織化などが研究されています。
閉じ込めの劣化と改善も継続的なテーマです。プラズマの縁で急に圧力が立ち上がる高閉じ込めモード(H-mode)と、それに伴う周期的な吹き出し現象であるエッジ局在モード(edge localized mode、ELM)をいかに制御するかが問われています。ITER 級の装置では ELM による瞬間的な熱負荷が壁を損なうおそれがあり、その緩和法が研究されています。
ディスラプション(disruption)の予測と回避も重要です。15 MA という大電流が突然失われると、装置に大きな電磁力と熱負荷がかかり、逃走電子(runaway electron)と呼ばれる高エネルギー電子が発生することもあります。機械学習を用いた予兆検知や、緩和ガス注入による安全な停止手法が活発に研究されています。
排熱(power exhaust)の問題も最前線です。全タングステン化されたダイバータで、定常的な熱流束をどこまで下げられるか、タングステンがプラズマに混入して放射で冷やしてしまう不純物の問題をどう抑えるかが課題です。
これらの研究は、次の段階である原型炉 DEMO(/ja/future/demo/)の設計に直結しています。ITER で実証される燃焼プラズマ物理、超伝導マグネット、遠隔保守、そして TBM によるトリチウム増殖の知見が、発電炉の実現を支える土台になります。