第一壁
第一壁(first wall)は、核融合炉の中で燃えているプラズマに最も近い壁です。この 1 枚の壁が、プラズマからの猛烈な熱と粒子を正面から受け止め、その外側にある発電の心臓部を守っています。このページでは、第一壁がどんな過酷な環境に置かれ、なぜ材料選びがこれほど難しいのか、そして炉の構成要素として何を担っているのかを、直感から研究最前線まで順番に見ていきます。
まずは直感から(高校レベル)
Section titled “まずは直感から(高校レベル)”核融合炉の中心では、約 1 億度のプラズマが燃えています。太陽の中心よりも高い温度です。その炎を閉じ込めている容器の、いちばん内側の壁が第一壁です。名前のとおり、プラズマから見て「最初にぶつかる壁」なのです。
想像してみてください。焚き火に手をかざすと、離れていてもじんわり温かいですよね。第一壁はその焚き火に、手のひらどころか壁一面をぴったり近づけているような状態です。しかも相手は焚き火とは比べものにならない超高温のプラズマです。第一壁が受ける熱の強さは、単位面積あたりで表すと数百キロワットから数メガワットにもなります。1 平方メートルに、家庭用の電子レンジ数百台から数千台ぶんの熱が注ぎ込まれ続けるイメージです。
やっかいなのは、熱だけではないことです。核融合反応が起きると、ものすごい速さで飛ぶ中性子(neutron)という粒子が生まれます。中性子は電気を帯びていないので磁石では曲げられず、壁をそのまま突き抜けながらエネルギーを置いていきます。さらにプラズマからは、荷電粒子や高速の原子も壁に叩きつけられます。
つまり第一壁は「熱で焼かれる」「中性子で内部から壊される」「粒子で表面を削られる」という三重苦を同時に受けます。そんな環境に何年も耐えられる材料はそう多くありません。だからこそ、第一壁に何を使うかは核融合炉の設計の中でも特に頭を悩ませる問題なのです。
第一壁の役割を一言でいえば「盾」です。自分が傷つくことで、その外側にある熱を回収する装置(ブランケット)や、超伝導磁石などの繊細な部品を守っています。盾が薄すぎたり弱すぎたりすると中身がやられてしまい、丈夫すぎて分厚くすると今度は熱がうまく伝わらない。この絶妙なバランスを取ることが第一壁設計の腕の見せどころです。
物理として理解する(学部レベル)
Section titled “物理として理解する(学部レベル)”第一壁が受ける負荷を、定量的に押さえていきましょう。第一壁への負荷は大きく分けて、表面に降り注ぐ熱による表面熱負荷と、中性子が持ち込む中性子壁負荷の 2 つがあります。
表面熱負荷は、プラズマからの電磁波放射(制動放射やシンクロトロン放射)と、スクレイプオフ層(scrape-off layer)から漏れ出す荷電粒子や中性粒子によってもたらされます。ITER の第一壁では、この表面熱負荷が定常的におよそ から MW/m に設計されています。ここで MW/m は 1 平方メートルあたり何メガワットの熱が流れ込むかを表す単位で、第一壁の過酷さを測る基本の物差しです。参考までに、より局所的に熱が集中するダイバータでは、この値が桁違いに大きくなります(詳しくは ダイバータ を参照してください)。
一方の中性子壁負荷は、核融合反応で生まれる高速中性子が壁に運び込むエネルギー流束です。重水素と三重水素の反応(D-T 反応)では、1 回の反応で MeV のエネルギーが放出され、そのうち MeV を中性子が持ち去ります。この中性子が第一壁を通り抜けてブランケットに達し、そこで熱に変わって発電に使われます。ITER の第一壁における中性子壁負荷はおよそ から MW/m です。発電を目指す将来炉では、この値が から MW/m まで高まると見込まれています。
表面熱負荷を材料が耐えられるかどうかは、熱伝導によって内部へ熱を逃がせるかで決まります。定常状態での壁内部の温度勾配は、フーリエの法則で見積もれます。
ここで は熱流束(単位は )、 は材料の熱伝導率(単位は )、 は温度勾配です。この式が言っているのは、同じ熱流束 を受けても、熱伝導率 が大きい材料ほど内部の温度上昇を小さく抑えられるということです。だから第一壁の材料には、高い融点だけでなく高い熱伝導率も求められます。実際、ITER では表面のアーマー材の下に、熱伝導率の高い銅合金であるクロムジルコニウム銅(CuCrZr)をヒートシンクとして敷き、その中に冷却水を流して熱を運び去っています。
不純物混入の観点も定量的に重要です。プラズマに材料原子が混じると、その原子が放射でエネルギーを奪い、プラズマを冷やしてしまいます。この放射損失は原子番号 が大きいほど強く効きます。おおまかには、不純物の放射パワーは のべき乗で増えるため、高原子番号の元素はごく微量でもプラズマを冷やしてしまいます。このため、たとえばタングステンのような重元素は、プラズマ中の濃度を 程度以下に抑えなければなりません。逆に軽い元素なら少々混じっても許容されます。この「許される混入濃度」の違いが、材料選びを大きく左右します。
理論を深める(大学院レベル)
Section titled “理論を深める(大学院レベル)”第一壁の寿命を決める物理過程のうち、表面の削れであるスパッタリング(sputtering)と、体積の劣化である中性子照射損傷、そして燃料の取り込みであるトリチウムリテンションを掘り下げます。
スパッタリングは、入射イオンが表面原子に運動量を渡し、表面から原子を弾き出す現象です。放出される原子の数を入射粒子あたりで表したものをスパッタ収率(sputtering yield)と呼びます。スパッタには入射エネルギーに閾値があり、この閾値は表面結合エネルギーと、入射粒子と標的原子の質量比で決まります。運動量とエネルギーの保存から、入射粒子が標的原子に渡せる最大エネルギー割合は、質量比 、 を使って次のように書けます。
この に入射エネルギーを掛けたものが、表面結合エネルギーを超えたときにスパッタが始まります。軽い原子であるベリリウムは表面結合エネルギーが小さく閾値がおよそ eV と低い一方、重いタングステンでは閾値がおよそ から eV と高くなります。つまりタングステンは、プラズマ端の粒子エネルギーが低く抑えられていれば、ほとんど削れません。これがタングステンを第一壁材料として魅力的にしている大きな理由です。
弾き出された原子は近くの別の場所に再堆積(redeposition)し、複数の元素が混ざった混合層を形成します。この堆積と再スパッタの繰り返しにより、壁表面の組成は運転中に刻々と変化していきます。材料そのものの性質だけでなく、こうした動的な表面進化を予測することが、第一壁の寿命評価では欠かせません。
体積側の劣化を支配するのが中性子照射損傷です。高速中性子が格子原子を弾き出すと、原子 1 個あたり何回はじき出されたかを表す dpa(displacements per atom)で損傷量が評価されます。ITER では第一壁の生涯損傷は数 dpa 程度ですが、発電炉では から dpa に達すると予測されています。照射で生じた点欠陥や転位ループは、材料を硬化させると同時に脆くし、延性から脆性へと変わる遷移温度(延性-脆性遷移温度)を押し上げます。さらに核変換で生じるヘリウムが粒界に溜まると、材料が膨れて脆くなるヘリウム脆化も進みます。これらの照射効果をどう抑えるかは、材料科学の中心課題です(材料側の詳細は プラズマ対向材料 を参照してください)。
第一壁を語るうえで見逃せないのが、トリチウムリテンション(tritium retention)、すなわち燃料である三重水素の壁への蓄積です。プラズマから来る水素同位体は、壁材料の表面に吸着し、内部へ拡散し、照射で生じた欠陥や再堆積層にトラップされて溜まっていきます。三重水素は放射性物質なので、炉内に溜まる量には安全上の厳しい上限が課されます。トリチウムを溜め込みにくい材料を選び、溜まった分を回収する手段を用意することは、炉の安全性と燃料収支の両面で決定的に重要です。ちなみにブランケットは逆に三重水素を「増やす」役割を担っており、第一壁の内側で燃料を生み出しています(詳しくは ブランケット を参照してください)。
これらの物理を総合すると、第一壁材料に求められる条件は、高融点、高熱伝導率、低スパッタ収率、低放射化、低トリチウム蓄積、そして照射に対する頑健さ、と多岐にわたります。すべてを満たす完璧な材料は存在せず、どこを妥協するかの選択の歴史が、第一壁材料の変遷そのものになっています。
研究の最前線(博士課程レベル)
Section titled “研究の最前線(博士課程レベル)”第一壁材料の選択は、長い試行錯誤を経て一つの方向へ収束しつつあります。その象徴が、ベリリウムからタングステンへの流れです。
ITER は当初、第一壁の主表面材にベリリウム(beryllium)を採用する計画でした。ベリリウムは原子番号 4 と非常に軽く、プラズマに混じっても放射損失が小さいこと、酸素を捕まえて不純物を減らすゲッター効果を持つこと、そしてトリチウムの蓄積が比較的少ないことが利点です。一方で融点が約 度 C と低く、毒性があって取り扱いに手間がかかるという弱点も抱えていました。この設計を受けて、熱が集中するダイバータには早くからタングステンが選ばれていました。
その後、研究が進むにつれて、第一壁もタングステン(tungsten)に統一する流れが強まりました。ITER は全タングステン第一壁への移行を決定しています。タングステンは融点が約 度 C と金属中で最も高く、スパッタ収率が低く、そしてトリチウムの蓄積がベリリウムより少ないという、発電炉で決定的に重要な性質を備えています。全タングステン化の背景には、ベリリウム運用に伴う安全管理のコストや、将来の発電炉が確実にタングステン系になることを見据えて、そこへ知見を集中させたいという判断があります。難点は、高原子番号ゆえにプラズマへの混入を極限まで抑えねばならないことと、中性子照射下での脆化です。これらをいかに制御するかが、現在活発に研究されているテーマです。
さらにその先を見据えた研究最前線が、固体の壁そのものを液体金属に置き換える液体金属壁(liquid metal wall)という概念です。リチウムやスズ、あるいはその合金を薄い膜として流し、これを第一壁の表面とする発想です。液体なら、スパッタで表面が削れても常に新鮮な面が補充されるので損耗の概念がなくなり、照射損傷で固体が脆化する問題も原理的に回避できます。熱を対流で持ち去れる利点もあります。研究では、毛細管多孔質システム(capillary porous system)で液体金属を保持する方式や、膜として流す方式が検討されています。一方で、磁場中を流れる導電性の液体には磁気流体力学(MHD)の力が働いて流れが乱される問題、液体金属がプラズマへ蒸発して混入する問題、循環系の腐食など、実用化に向けた課題は多く残されています。
論文を読むときに頻出するキーワードを英語併記で挙げておきます。第一壁は plasma-facing component(PFC)の一つとして扱われます。材料関連では sputtering yield、redeposition、tritium retention、neutron irradiation damage(dpa)、helium embrittlement、low-activation material が頻出します。設計思想としての full-tungsten wall、そして先進概念としての liquid metal wall、capillary porous system、flowing liquid lithium などを押さえておくと、最新の議論を追いやすくなります。