電磁流体力学(MHD)
電磁流体力学(magnetohydrodynamics)、略して MHD は、プラズマを一つの「電気を通す流体」とみなし、その流体が磁場とどう押し合うかを記述する理論です。核融合装置の中でプラズマが安定に浮いていられるのか、それとも崩れて壁にぶつかってしまうのかは、この MHD で決まります。このページでは、まず身近なたとえで直感をつかみ、次に基本方程式、磁気圧と磁気張力、凍結の定理、プラズマベータ、平衡と安定性、そして磁気リコネクションやシミュレーションといった研究最前線まで、順に積み上げていきます。
まずは直感から(高校レベル)
Section titled “まずは直感から(高校レベル)”プラズマとは、原子が電子とイオンにバラバラになった気体です。電気を通す気体だと思ってください。MHD の出発点は、この電気を通す気体を「一つの流体」、たとえば水や空気のような連続したものとして眺める、という割り切りです。本当はイオンや電子が別々に飛び回っているのですが、大きく見れば一つのゼリーのように動く、と考えるわけです。
このゼリーが特別なのは、磁場と強く絡み合う点です。磁場はふつう、目に見えない「磁力線」という線の束としてイメージされます。棒磁石の周りに砂鉄をまくと現れる、あの筋模様です。MHD の世界では、この磁力線がプラズマに突き刺さって離れなくなります。プラズマが動けば磁力線も一緒に引きずられ、磁力線が動けばプラズマも連れていかれる。まるで磁力線とプラズマが糸で縫い付けられているようなものです。これを凍結(frozen-in)と呼びます。
磁力線には、二つの「性格」があります。一つは、隣同士の磁力線が押し合って混み合うのを嫌がる性格です。これは空気を詰め込んだ風船のように、外へ広がろうとする圧力として働きます。これが磁気圧です。もう一つは、曲げられた磁力線がまっすぐに戻ろうとする性格です。ピンと張ったゴムひもや弦を思い浮かべてください。曲げると元に戻ろうとしますね。これが磁気張力です。
核融合装置がやりたいのは、一億度を超える超高温のプラズマを、壁に触れさせずに宙に浮かせて閉じ込めることです。壁に触れたらプラズマは冷めてしまい、壁も傷みます。そこで磁力線でできた「カゴ」を作り、この磁気圧と磁気張力で高温プラズマを内側に押さえ込みます。プラズマは外へ膨らもうとし、磁場は内へ押し返す。この綱引きがちょうど釣り合った状態を平衡と呼びます。そして、少し揺らしたときに元に戻るか、それとも揺れが増幅して崩れてしまうかが安定性の問題です。MHD は、この閉じ込めの綱引きと崩れ方を扱う理論なのです。
物理として理解する(学部レベル)
Section titled “物理として理解する(学部レベル)”MHD がそもそも使える条件を確かめましょう。プラズマを流体とみなせるのは、注目する現象の空間スケールがイオンの回転半径(イオンラーモア半径)よりずっと大きく、時間スケールがイオンの回転周期(イオンサイクロトロン周期)よりずっと長いときです。粒子一つひとつのぐるぐる回る運動(詳しくは 荷電粒子の運動 を参照)が平均されてぼやけ、集団としての流体的なふるまいだけが残る、そういう「粗く見た」描像が MHD です。さらに、現象がゆっくりなので光速に比べて遅く、変位電流を無視できることも前提になります。
この描像のもとで、プラズマは流体方程式とマクスウェル方程式を連立させた形で記述されます。基本方程式系は次の通りです。まず質量の保存を表す連続の式です。
ここで は質量密度、 は流体の速度です。この式は「ある領域の質量は、流れ込む分だけ増え、流れ出る分だけ減る」という当たり前のことを述べています。
次に力のバランスを表す運動方程式です。
左辺はプラズマ流体の加速度に質量をかけたもの、つまりニュートンの運動方程式の「質量かける加速度」です。右辺の第一項 は圧力の高いほうから低いほうへ押し出す力(圧力勾配力)、第二項 は電流 と磁場 から生じるローレンツ力です。この二つの力の綱引きが、プラズマの動きを決めます。
三つめはエネルギー方程式で、多くの場合は圧力と密度の関係を断熱の式 ( は比熱比)で閉じます。四つめはオームの法則です。
は電場、 は電気抵抗率です。右辺の抵抗をゼロとみなせる場合を理想 MHD、無視できない場合を抵抗性 MHD と呼びます。最後にマクスウェル方程式のうち、ファラデーの法則 とアンペールの法則 が加わり、方程式系が閉じます。
ここでローレンツ力 を、アンペールの法則を使って磁場だけで書き直すと、直感の節で述べた二つの力にきれいに分かれます。
第一項が磁気圧で、その大きさ は磁場強度の二乗に比例し、あらゆる向きに等方的に押します。第二項が磁気張力で、磁力線が曲がっているときにだけ働き、曲がりをまっすぐに戻そうとします。 は真空の透磁率です。
プラズマ圧力と磁気圧力の比は、閉じ込めの効率を表す重要な指標で、プラズマベータ(plasma beta)と呼ばれます。
は「同じ磁場でどれだけの熱いプラズマを閉じ込められているか」を示します。大きいほど経済的ですが、大きすぎると不安定になります。トカマクでは典型的に数パーセントです。
理論を深める(大学院レベル)
Section titled “理論を深める(大学院レベル)”平衡から見ていきましょう。定常状態()で流れがない()とすると、運動方程式は力の釣り合いだけになります。
この式に との内積をとると となり、磁力線に沿っては圧力が変化しないことがわかります。同様に も導け、磁力線も電流線も同じ等圧面の上に乗ります。この面を磁束面(flux surface)と呼び、圧力一定の入れ子の面としてプラズマを層状に閉じ込める描像が得られます。
トカマクのような軸対称系では、この平衡はグラッド・シャフラノフ方程式(Grad-Shafranov equation)という一本の二次元偏微分方程式に帰着します。
ここで はポロイダル磁束、 は大半径方向の座標、 はトロイダル磁場に関係する量、 は楕円型の微分演算子です。右辺の圧力プロファイル と電流プロファイルにあたる という二つの自由関数を与えれば、磁束面の形状が定まります。トカマク設計では、この方程式を数値的に解いて平衡を設計するのが出発点になります。
平衡が求まっても、それが安定とは限りません。安定性を統一的に判定するのがエネルギー原理(energy principle)です。プラズマを平衡から微小変位 だけずらしたとき、系のポテンシャルエネルギーの変化 を考えます。あらゆる可能な変位に対して なら、どうずらしてもエネルギーが増える(谷の底にいる)ので安定です。逆に となる変位が一つでも存在すれば、その方向へ勝手にエネルギーを下げながら崩れていく不安定な状態です。 は、磁力線を曲げる項や磁場を圧縮する項(これらは安定化に働きます)と、圧力勾配や電流が駆動する項(これらは不安定化に働きます)の和として書け、どの項が勝つかで安定性が決まります。
代表的な不安定性を挙げます。キンク不安定性(kink instability)はプラズマ柱がらせん状にねじれる変形で、安全係数 (磁力線がトーラスを一周する間にどれだけねじれるかの指標)が 1 を下回ると起きやすくなります。バルーニング不安定性(ballooning instability)は圧力勾配で駆動され、磁力線の曲がりが不利になるトーラス外側で局所的に膨らみます。ティアリングモード(tearing mode)は抵抗性不安定性で、後述するリコネクションによって磁束面が引き裂かれ、磁気島(magnetic island)という入れ子構造の破れを作ります。これらの詳しい分類は プラズマの不安定性 で扱います。こうした不安定性がベータ限界(Troyon 限界)や密度限界(Greenwald 限界)を決め、閉じ込めが急激に失われるディスラプションの引き金になります。
ここで理想 MHD と抵抗性 MHD の違いが本質的になります。理想 MHD()では凍結の定理が厳密に成り立ちます。オームの法則とファラデーの法則を組み合わせると、任意の閉曲線を貫く磁束が時間変化しないことが示せ、磁力線はプラズマと一体で動き、決してつなぎ替わりません。ところが抵抗 がわずかでもあると、この縛りがほどけます。磁束面が密集して電流が集中する薄い層(電流シート)では、たとえ が小さくても抵抗項が効き、磁力線がつなぎ替わることができます。これが磁気リコネクション(magnetic reconnection)です。リコネクションが起きると、それまで分かれていた磁力線がつなぎ替わり、蓄えられていた磁気エネルギーが一気に運動エネルギーと熱に変換されます。トカマクの鋸歯状振動(sawtooth oscillation)や、太陽フレアの爆発的なエネルギー解放も、このリコネクションで説明されます。理想 MHD が「崩れるか崩れないか」を教えるのに対し、抵抗性 MHD は「どのように、どれくらいの速さでつなぎ替わって崩れるか」を教えてくれます。
研究の最前線(博士課程レベル)
Section titled “研究の最前線(博士課程レベル)”現代の MHD 研究は、線形の安定性解析を超えて、不安定性が育ちきった後に何が起きるかを追う非線形の領域に重心を移しています。中心にあるのが非線形 MHD シミュレーションです。抵抗性 MHD 方程式や、それに二流体効果(電子とイオンを別々に扱う補正)を加えた拡張 MHD 方程式を、トーラス形状の上で三次元・時間発展として数値的に解きます。JOREK、M3D-C1、NIMROD といったコードが国際的に使われ、ディスラプションの全過程、周辺局在モード(edge-localized mode, ELM)の噴出、磁気島の成長といった、実験で観測される激しい現象を再現しようとしています。
いくつかの活発な研究テーマを挙げます。ディスラプション(disruption)の予測と緩和は、装置が大型化するほど深刻になる課題です。ITER のような大型装置では一度のディスラプションで壁に大きな熱・力の負荷がかかるため、暴走電子(runaway electron)の発生機構や、不純物ガスを注入して安全にエネルギーを散逸させる緩和手法が精力的に研究されています。ネオクラシカルティアリングモード(neoclassical tearing mode, NTM)は、磁気島の中で圧力勾配が失われることで自発的に成長する抵抗性モードで、電子サイクロトロン電流駆動(electron cyclotron current drive, ECCD)を島の位置に狙って打ち込む能動制御が研究・実証されています。抵抗性壁モード(resistive wall mode, RWM)は、導体壁の抵抗のせいで壁の安定化効果が有限時間で失われるモードで、フィードバックコイルによる制御と、プラズマ回転による安定化の相互作用が調べられています。
理論・計算の方法論そのものも進展しています。MHD は本来、粒子の運動論的効果を平均して捨てた枠組みですが、実際には高速イオンや共鳴粒子が MHD モードと強く結合します。そこで流体の MHD と運動論を接続するジャイロ運動論的 MHD やハイブリッドシミュレーション(流体の背景に運動論的な高速粒子を重ねる手法)が発展し、アルヴェン固有モード(Alfvén eigenmode)と核融合生成アルファ粒子の相互作用などが研究されています。リコネクションについても、MHD スケールと、実際にリコネクションが起きる微小なスケールとのあいだの橋渡しをどうモデル化するかが、依然として理論的な焦点です。論文を読むときは、ideal/resistive MHD、Grad-Shafranov、energy principle、Newcomb’s equation、、tearing mode、reconnection rate、extended/two-fluid MHD といったキーワードが頻出します。これらの数値・理論の成果は、最終的に トカマク のような実機の運転シナリオ設計へと還元されていきます。