トリチウム管理
トリチウムは D-T 核融合の燃料の片方であり、放射性の水素同位体です。このページでは、トリチウムがどんな核種で、なぜ扱いに注意が必要なのか、そしてそれを安全に閉じ込め計量するためにどんな工夫がなされているのかを、直感から研究の最前線まで順番に見ていきます。核融合を「安全に成立させる」ための工学の中心テーマの一つです。
まずは直感から(高校レベル)
Section titled “まずは直感から(高校レベル)”トリチウムは、水素の仲間(同位体)です。ふつうの水素(軽水素)が陽子 1 個だけなのに対し、トリチウムは陽子 1 個に中性子 2 個がくっついた重い水素で、記号では T や と書きます。三重水素(tritium)とも呼びます。
トリチウムはそのままでは安定せず、時間とともに少しずつ壊れていきます。この「壊れる」現象が放射線を出す崩壊で、トリチウムは半減期 12.3 年でベータ崩壊(beta decay)します。半減期とは、ある量のトリチウムのちょうど半分が壊れるまでの時間のことです。12.3 年経つと半分に、さらに 12.3 年経つとその半分(もとの 4 分の 1)に減っていきます。壊れたあとはヘリウム 3 という安定な物質に変わります。
ここで大事なのは、トリチウムが出すベータ線(高速の電子)のエネルギーがとても低いことです。どのくらい低いかというと、紙 1 枚や皮膚の表面で止まってしまうほどです。つまり、トリチウムを体の外側から浴びても、放射線は体の中まで届かず、外部被ばくはほとんど問題になりません。
ではなぜ注意が必要なのでしょうか。それは、トリチウムを体の中に取り込んでしまった場合です。飲み込んだり吸い込んだりして体内に入ると、弱いベータ線でも体の内側から細胞に当たり続けます。しかもトリチウムは水素なので、水(トリチウム水)の形になると私たちの体の水分にまぎれこみやすく、体になじんでしまいます。だからトリチウム管理の合言葉は「外から浴びるより、中に入れないこと」です。
もう一つやっかいなのが、水素はとても小さくて軽い元素なので、金属の壁でも少しずつすり抜けて(透過して)しまう性質があることです。空気が風船からゆっくり抜けるように、トリチウムも容器や配管の壁を通り抜けようとします。だから「ただ箱に入れておけば安心」とはいかず、閉じ込めるための特別な工夫が必要になります。
物理として理解する(学部レベル)
Section titled “物理として理解する(学部レベル)”トリチウムの崩壊は次のベータマイナス崩壊です。
中性子の 1 個が陽子に変わり、電子 と反電子ニュートリノ を放出して、ヘリウム 3()になるという意味です。放出されるベータ線(電子)のエネルギーは連続分布を持ち、最大でおよそ 18.6 keV、平均でおよそ 5.7 keV です。これは放射性核種の中でも際立って低い値で、電子の空気中の飛程(どこまで飛べるか)は数 mm、水や生体組織中では数マイクロメートルにとどまります。この事実が「外部被ばくは無視でき、内部被ばくが主役」という結論を物理的に裏づけています。
崩壊の速さは指数関数で表せます。時刻 での原子数 は
と書けます。ここで は初期の原子数、 は崩壊定数、 は半減期です。半減期 年を入れると、トリチウムは年におよそ 5.5% ずつ自然に減っていくことがわかります。長期に貯蔵する燃料では、この目減りを見込んだ計量が必要になります。
同じ質量あたりにどれだけ放射能があるかを表す比放射能は、トリチウムでおよそ 360 TBq/g と非常に大きく、わずか 1 g でも膨大な数の崩壊が起きます。これは半減期が短く原子が軽いことの帰結です。
体内に入ったときの影響は化学形態で大きく変わります。分子状のトリチウムガス()はほとんど吸収されずに排出されますが、トリチウム水()は体の水分と完全に混ざり、生物学的半減期およそ 10 日で排出されます。生物学的半減期とは、体内に入った量が代謝で半分になるまでの時間です。さらに有機物に結合した有機結合トリチウム(organically bound tritium, OBT)は、もっと長く体内にとどまります。摂取量から実効線量を見積もるには線量係数(預託実効線量係数) を使い、
のように、摂取放射能 (単位 Bq)に係数 (単位 Sv/Bq)を掛けて線量 (単位 Sv)を求めます。 の経口・吸入では成人でおよそ Sv/Bq が使われます。実際の管理では、尿中のトリチウム濃度を測って体内量を逆算し、被ばくを評価します。
透過しやすさも定量的に扱えます。金属中の水素同位体の拡散は、濃度勾配に比例して流れるフィックの法則で近似でき、拡散係数は温度とともにアレニウス型 で急増します。高温の壁ほどトリチウムが速く染み込み、速く抜けることを意味します。
理論を深める(大学院レベル)
Section titled “理論を深める(大学院レベル)”トリチウムの安全は、単一の壁ではなく多重閉じ込め(multiple confinement barriers)という思想で組み立てます。第一障壁はトリチウムを直接扱う配管や容器、第二障壁はそれを囲うグローブボックスや二重管、第三障壁は建屋そのものです。各障壁は独立に機能し、どれか一つが壊れても環境への放出につながらないよう、単一故障基準で設計します。障壁と障壁のあいだの空間は圧力を段階的に下げ(カスケード負圧)、汚染された空気が外側へ逆流しないようにします。
第二障壁のグローブボックスは、内部を不活性ガス(窒素やアルゴン)の雰囲気にして運転します。酸素と水分の濃度を低く保つのは二つの理由からです。一つは、 が酸化されて生体親和性の高い になるのを抑えるため。もう一つは、水素の燃焼範囲が空気中で体積比およそ 4〜75% と広く、最小着火エネルギーが約 0.02 mJ と極端に小さいため、爆発を避けるためです。
雰囲気に漏れ出たトリチウムは、雰囲気トリチウム除去系(atmosphere detritiation system)で回収します。標準的な方式は触媒酸化と水分吸着の組み合わせです。まず白金族などの触媒で を酸化して にし、続いてモレキュラーシーブ(分子ふるい)で水分として捕集します。一段の除去係数として 99.9% 以上が狙えます。回収したトリチウム水は、電気分解や同位体交換を経て、水素同位体を分ける工程に戻します。同位体分離には 20〜25 K の極低温での蒸留(cryogenic distillation)が使われ、、、 のわずかな沸点差で分けます。水素だけを選んで通すパラジウム膜透過も精製に有効です。貯蔵には ZrCo などの金属水素化物が用いられ、加熱で放出・冷却で吸蔵する可逆運用ができます。
計量管理(tritium accountancy)も理論的な難題を含みます。核物質防護の観点から、系全体でどこにどれだけのトリチウムがあるかを常に把握する必要がありますが、トリチウムは気体・水・固体材料中と姿を変え、しかも壁の中に溶け込んでしまいます。この材料中に溜まる量をリテンション(retention)と呼びます。プラズマ対向材料(タングステンや、かつて検討された炭素系材料)の表面や内部にトリチウムが取り込まれると、燃料が「行方不明」になるだけでなく、除染(detritiation)が必要な廃棄物にもなります。除染にはベーキング(加熱してトリチウムを追い出す)、同位体交換、表面処理などが使われ、材料温度・照射欠陥・共堆積層の有無によって効きが大きく変わります。リテンションと除染のモデル化には、拡散・トラップ・脱離を連立させた反応拡散方程式(たとえば TMAP や TESSIM といったコードで解かれる枠組み)が用いられます。
トリチウムがどこから来るかも重要です。核融合炉ではブランケット(blanket)でリチウムに中性子を当ててトリチウムを増殖します。DEMO 級の炉では外部供給に頼れないため、消費した以上のトリチウムを生む必要があり、その指標がトリチウム増殖比(tritium breeding ratio, TBR)です。TBR がおよそ 1.1 以上あって初めて、燃料サイクル全体が自立します。
研究の最前線(博士課程レベル)
Section titled “研究の最前線(博士課程レベル)”現在も活発に研究されているテーマを、論文でよく出会うキーワードとともに挙げます。断定できる完成技術というより、実炉に向けた課題として理解してください。
材料中のトリチウム挙動では、プラズマ対向材料へのトリチウム蓄積と除去(fuel retention and removal)が中心課題です。タングステン中のトラップサイト、中性子照射で生じる欠陥への捕捉、再堆積層(co-deposited layer)への取り込みをどう予測し、どう除染するかが問われています。反応拡散モデルの実験検証と、実機スケールへの外挿の不確かさが論点です。
閉じ込めと透過の低減では、透過障壁コーティング(permeation barrier, たとえば酸化物皮膜)の耐久性、高温・中性子照射下での性能維持が研究されています。配管や増殖材からのトリチウム回収効率も、連続運転を見すえて大規模化が課題です。
燃料サイクル全体では、トリチウム自立(tritium self-sufficiency)を成立させるための TBR の余裕、起動時に必要な初期インベントリの最小化(start-up inventory)、処理系の応答時間とインベントリのトレードオフが議論されています。ITER のトリチウムプラント(貯蔵供給系、排気処理系、同位体分離系、水処理系、雰囲気除染系から成る)の運転実績が、今後の設計の貴重な入力になると期待されています。
計量と規制の面では、姿を変えるトリチウムの計量管理(tritium accountancy)の精度向上と、核融合特有の受動的な安全性を踏まえた安全評価・規制枠組み(regulatory framework)の整備が各国で進められています。核融合施設は核分裂のような連鎖反応を持たず暴走しにくい一方、トリチウムという可動性の高い放射性物質を大量に扱うため、核分裂炉とは異なる評価の考え方が求められています。環境放出の評価では、 の環境中挙動と、有機結合トリチウム(OBT)の生態系での移行がモデル化の対象になっています。